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ブログ2019.01.16

横綱:稀勢の里の引退について

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【横綱:稀勢の里の引退について

日本出身力士で唯一の横綱であった稀勢の里関がついに引退表明しました。
横綱とは5年前の伊勢神宮奉納相撲の際に三役力士の紹介で初めて出会い、確か腰のトラブルの相談を受けたのがきっかけでした。その後、私の叔父やアメリカと日本のドクターが表敬訪問した際にも巡業先の支度部屋まで招いて記念撮影まで応じて頂きました。

本当に配慮があり心優しい力士でした。

この横綱が引退を決めるまでに相撲評論家や相撲ジャーナリスト、コメンテーターの方々から様々な憶測や時には精神論も報道や情報番組で取り上げられ、いったい何が真実なのかが非常に見えにくい混乱した状況となってしまいました。
これまで、多くの有名なアスリートや著名な方々を施術した経験から本当の彼らを知る者としては、この状況に深く憂いを感じておりました。

そこで今回は、横綱、稀勢の里の私の知る範囲での真実をお伝えしたいと思います。

2年前の大阪場所の13日目に私はある部屋での往診中に「ちゃんこ」の席に招かれていた時に横綱の大ケガの一報を受けました。
その部屋には横綱と大親友の親方や関取もいたことから、詳しい状態を聞いたうえで、日●医科大学の肩関節の大権威の教授に連絡。直ちにその教授から知り合いの医師がいる大阪の総合病院の部長を紹介されました。

そこで、救急搬送先として対応して頂いたのですが、実はこの時間帯は若い先生が診察する当直時間帯になっていました。ですが、大権威の教授が部長に直接、診察するようにお願いをしてくださったのです。そこで初めて、実は大ケガであったことが判明。
その後、東京へ戻りその大学の教授の受診するために、指定された特殊なMRIの精密検査を行い御高診頂くことになっていました。なのに、直前に受診を見合わせたい旨の連絡が入ったのです。そのことは、私もものすごく案じていたことを鮮明に覚えています。

私が知っている稀勢の里関は大関の頃ではありますが、横綱になってからは相応の人脈や後援会などの付き合いも多くなったことから自らの一存で決められない立場であったのではないかと思います。きっと治療法についても・・・。

実に違う関東の医師からも、「最新鋭の医療機器をメーカーから搬入させてケガの対応を行おうとしたところ、横綱の意と異なる意見が関係者から出たことから搬入された機器を目の前にしながら治療を受けられなかったんですよ」、という話を聞きました。
また、私と再生医療の専門医と取り組んでいる先進療法が二人の関取を奇跡の回復に導いた事を知り、その関取に相談をされているという事もあったそうです。

稀勢の里関の性格はとても優しくて相手を思いやる性質から、人脈や後援会を大変大切にしていたのだと思います。また、後援会の方も日本唯一の現役日本人力士をとても大切にして何とか再生しようと必死になって考えいろいろアドバイスをされていたのだと思います。治療法一つとっても、彼は多くの気配り、配慮をし続けたのだと思います。

先にも申しましたが、引退するまでの直近の情報番組や報道では、非常に多くの憶測が飛び交いました。
今回に然り、以前からも報道の中心人物と接する機会が多すぎたため、コメンテーターやその業界の専門家の話に関して、内容によっては当事者の真意とは異なる論評があったことを知っているからこそ、私としては表面だけで公開される情報は鵜呑みにしない様にしています。ここは、重ねて申し上げたい点です。

話を稀勢の里関に戻しますが、確かに彼は精神的な弱点はあったと思いますが、その大関時代までの弱点を克服して横綱に昇進されていると思うのです。2年前の大阪場所の負傷はその時点でそのケガに精通している専門医や角界の関係者はその場所限りで引退していてもおかしくはない大ケガだと分かっているはず、搬送された病院でも休場やむなし、引退も視野に入るくらいのケガである事が判明していますから、まさか、その後も相撲を取り切り優勝するとは思っていなかったと思います。まさに精神力で勝ち取った優勝です。

そればかりか、何とかして横綱の責任としての相撲を取りたい一心で不完全の回復のまま稽古を積み、場所に強行出場したことで、他の部位にもかばう事による代償の障害も生じてしまい、満身創痍以上の言葉があれば言い表したいほどの状態の中で戦ってきたのだと思います。

正に「力士の鏡」「正真正銘の横綱」であったと私は確信しています。
これは、稀勢の里を慕っている力士にも何故か共通するところで、一戦、一戦の取り組みを真剣に、真面目に、勝負を行っているのが実際に接していて良くわかる横綱でした。

なので、単に精神論など憶測だけで公表する情報提供者は、事の真相を追求した上で情報を発信してほしいと今回に限らず思うところがあります。

私はレスリング5段と言う段位を頂き、結構な大会で試合をさせて頂いた経験があります。また、稀勢の里関と同じで利き肩の脱臼によって当時では希少な肩関節の関節鏡手術を受けて、本来の戦いができるまでには2年間の時間を有したことを覚えています。
横綱の場合は、周囲からの期待などで回復へのプレシャーも相当にあるなかで幾度も休場したもののほとんどが途中休場であったことをご存知の方も多いと思います。その姿が相撲に対する真剣と使命感だったのだということを感じて頂ければと思います。

同じ横綱でも稀勢の里関は知り合う前から「誠・真」が強く感じられるのに対して、一部の力士の中には「余裕」のような違和感を抱いてしまうことも多々ありますが、格闘家の端くれの身である私にとっても、稀勢の里関は五輪を目指すアスリート、メダルを狙うアスリートに共通する何かを感じてなりません。

真髄の勝負師であった稀勢の里関が引退されたことがとても寂しいとしか言いようがありません。彼のような横綱がまた、誕生することを切に願います。

稀勢の里関、おつかれ様でした。

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