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ブログ2023.09.03

ライオネス飛鳥さんと15年ぶりの再会

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ライオネス飛鳥さんと15年ぶりの再会のアイキャッチ画像

女子プロレス界ではビューティーペアとクラッシュギャルズが一世風靡したことは大変有名ですが、1994年当時に吉本女子プロレスでフリーとして参戦していたのがライオネス飛鳥選手でした。
このライオネス飛鳥さんを突然、紹介して下さったのが女子レスリングで世界選手権の優勝経験がある成国(旧姓:飯島)昌子さんでした。この飯島昌子さんの話は後日に紹介させて頂く予定です。

飛鳥さんと初めて会った時の印象

初対面したのは、この緊急紹介の一報を受けて試合会場であった名古屋まで急行した時でした。大きくて強靭なイメージがあったライオネス飛鳥さんでしたが、その時はとても弱々しくて身体が小さく見えたのが第一印象でした。
それもそのはずで頚髄損傷による右腕の激痛で苦しまれていたこともあり、その症状は過酷で手を動かしてもいかなる角度で支えても激痛が治まらず、手を洗おうとすると酷く焼けるような感覚となるほど、日常生活もままならないかなり酷い状態でした。
そんな状況の中で飛鳥さんはこの日に予定されている名古屋の試合と翌日に決まっていたバイソン木村とのタイトル防衛戦に出場するという無謀過ぎる条件を私に突き付けてきたのです。

伝説の60分ドロー試合の裏側で悪戦苦闘

往診先で対応できる機器もベッドも無い中で、試行錯誤しながら施術を行い何とかテーピングやホット&アイスという古典的な施術を繰り返し名古屋での試合を強行出場。そして試合終了後には直ちに名古屋から奈良県の施術所に移動して半ば徹夜状態で施術を行い、その激しい痛みを軽減させることが出来ました。
そして何とか翌日の京都での試合に出場することが出来たのですが、それでも試合出場は無謀過ぎる内容で、その試合こそ後に女子プロレス界の伝説の一戦のひとつとして語りつがれている「ライオネス飛鳥VSバイソン木村の60分ドロー試合」でした。あの状態で60分の死闘を行うプロ魂には深く感銘を受けたのを思い出しました。

プロ野球選手の全治3か月のケガは女子プロレスラーの全治1日?!

この頃、阪神タイガースの亀山努選手も当院に通院されていたのですが、このライオネス飛鳥さんの状態を見て、「プロ野球選手なんて女子プロレスラーに比べると甘っちょろい」、だって「プロ野球選手の全治3か月は女子プロレスラーに換算すると全治1日だから」と言っていたのが凄く印象に残っています。

その後、飛鳥さんを皮切りに多くの女子プロレスラーが当院にお越しになり、たまにプロレス団体の大型バスが当院に横付けされて選手一同の施術対応をする事もありました。満身創痍のプロレスラーの難しいケガは治療家にとってなかなか経験できる症例ではなく、それらへの対応の積み重ねによって私のスキルを上げることが出来たと感謝しています。

ライオネス飛鳥選手を“兄貴”と慕う阪神タイガースの亀山選手が参戦

話しは亀山さんと飛鳥さんの話に戻るのですが、当院での出会いから飛鳥さんは亀山さんを「カメちゃん」と、亀山さんは飛鳥さんを「兄貴」と呼ぶほどの間柄になり、亀山選手が飛鳥さんの試合を見に行ったり、亀山選手の自主トレ見学に飛鳥さんが行かれたりと信頼が深い友人関係となられました。

3人での参戦は15年ぶり?

その飛鳥さんと亀山さんと私は15年ほど前にTV取材で沖縄での仕事を一緒にして以来、集まる事が無く疎遠状態でしたが、今回、飛鳥選手がプライベートでケガをされ通院されている事を知られた亀山さんが当院に参戦されてきたのですが、実に15年ぶりの再会の同窓会になりました。

※このお二人のサインを一つのまとめた貴重な色紙を頂きましたので展示しています。

旧友再会で話に華を咲かす

もちろん昔の話で盛り上がり今では笑い話になる当時の苦労話や、お互いに励ましあった話など良き時代の話で華を咲かせることが出来ました。
飛鳥さんからは「1990年代に当院に通院していたプロレスラーやプロ野球選手のみんなとトータルヘルスケアに集まって同窓会をしたい」と要望を受け、亀山さんからは私と一緒に行った「知床の番屋に行こう」と飛鳥さんを誘って来年の再開を楽しみに約束して解散しました。
この時期は皆が苦労の絶頂期でしたので、今になってお互いに当時の話を笑い話で語れるそんな感慨深い時間を過ごすことが出来たことに喜びを感じてなりません。
いつも思うのですが私は本当に日々、患者さんに成長させて頂いているのだと神恩感謝の思いです。

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